１枚の金属板が、カップに、盃に、茶釜に、香炉に
轆轤（ろくろ）にセットした円形の金属板と型。平らな金属板を回転させて「へら棒」と呼ばれる道具をあてがいます。すると、あれよあれよ、という間に平らだった金属板が美しい曲線を描きます。そのさまは、まるで手品のよう。
「へら絞り」というのは、金属板に「へら棒」と呼ばれる道具を押し当て、型に沿って成形していく伝統的な技法のこと。浅野盛光さんは宮内庁にも作品を納めている、その道の第一人者です。「風光」の号も持ち、これまで、茶釜や香炉などの茶道具、仏壇や神棚の道具、ワイングラス、徳利や盃、それに優勝カップやトロフィーなど、ありとあらゆるものを制作してきました。
作業は、まず木工作業から！？
へらで絞る工程は、あっという間。ですが……
「制作の最初は、丸太の切り出しと保管からなんですよ」と浅野さん。
そう、仕事はまず型づくりから始まります。樹脂の型を使うこともありますが、たいていはデザイン画から図面を起こし、木型をつくるのだそうです。材料の木材は、凹凸のないなめらかな肌を持った堅い木でなければならないため、わざわざ大島から船便で桜や椿の幹を運び、チェーンソーでほどよい大きさに切って荒削りをし、乾かないように工房の地下の倉庫に保管します。この木材を木工用の道具で、カップやグラスの形に、できあがりの寸法どおりに削って、つるつるになるまで磨きます。これが作品の土台。ここまでの準備ができてから、冒頭の「へら絞り」で成形をするわけです。その後、適宜、「鎚目」「あられ」「亀甲」などの装飾を施し、「バフがけ」（布で磨く工程）をして仕上げます。繊細な力加減、長い年月で培われた勘、それに集中力が必要な仕事が続きます。
職人の命である道具も手づくり
工房の壁に整然と並んでいるさまざまな道具。へら棒、金槌、あて釜、やすり、刃物などなど、その数、200本以上。みたこともないような風変わりな形のものもたくさんあります。これがすべて浅野さんの手作り。道具は職人の命。自分で叩いて、削って、磨いて。独立を決めてから、３年かけて揃えたのだそうです。
３歳のとき、父親と死別した浅野さんは、中学卒業と同時に宮城県から上京。
「修行というより奉公。鋸で丸太を切ってばかりの毎日。つらくてね。なんでこんなことやってんだろうって思た。でもそのうち、５年やったら５年分のなにかが身につくだろう、と思うようになったんです」そうやって、少しずつ仕事を覚えたころ、日本で開催されたカナダ・カップに出場した中村寅吉・小野光一の日本代表が優勝。中村虎吉は個人戦でも優勝します。1957年のことです。世の中は一気にゴルフブームに。全国のゴルフクラブから親方のところに優勝カップやトロフィーの注文がいっぱいきて「いやあ、山ほど仕事しましたね」。
あとから思えば、この「山ほど」の経験が貴重だったのです。ゴルフトーナメントの優勝カップだけで、これまでいったい何個つくったかわからない。たぶん何百万個って数にのぼるだろう、というのですから。「らくな修行なんてない。苦労して、数をこなして。技はそうやって身につけ、磨いていくしかないものです」
ひとつひとつ、精魂込めて
毎朝、八幡様を祀った神棚に手を合わせ、工房の掃除をし、心を整えて仕事を始める浅野さん。
「つくったものには、つくり手の人間性が出ますから」と、語りながらリズムよく、トントントン、トントントン……と、ぐい飲みに「鎚目」模様を入れていきます。「へら絞り」に施されるこの装飾がまた、職人の腕の見せどころ。「あられ」はミリ単位で引かれた縦横の線に従って、凹と凸の鏨（たがね）を裏と表からはめ込んでひとつずつ叩き出します。透けて見えるわけでもないのに、金属の裏と表に鏨がピタッと合うところは神業としか思えません。「亀甲」は２万回ほどたたいてやっときれいな「亀甲」の六角形の模様がひとつ、できるのだそうです。気が遠くなるほど細かい作業です。こうして手仕事で生まれてきた逸品。でも、使っていればぶつけたり、落としたりすることもあるかもしれません。
「へこんだり、ゆがんだりしたら持ってきてください。もとに戻してあげますよ」
頼もしいひとことで締めくくっていただきました。
