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川西洋之 硝子ペン

職人名
川西洋之
屋号
川西硝子
技能
硝子ペン
在住
東京都八王子市

1974年、東京都八王子市生まれ。1995年から2001年にかけ、カナダ滞在。2001年から2003年まではオーストラリア、オセアニアに、2003年から2005年まで南米に滞在。21歳のときにカナダで硼硅酸ガラス細工と出会い、帰国後2006年から独学で酸素バーナーワークを習得。フューミング技法を使ったガラス細工の制作を始める。2009年、「川西硝子」を立ち上げ、和のテイストをプラスした独創的な作品を制作。現在、マンツーマンのガラス教室、酸素バーナーによるガラス体験イベントなどで講師としても活躍中。

日本生まれの画期的な筆記具

万年筆を愛用している人さえ減ってしまった世の中、ガラスペンを使ったことがないという人は多いのではないでしょうか。でも、昭和30年代までは官公庁をはじめ、会社や事務所で書類筆記用、簿記用として広く使われていたポピュラーな筆記具だったのです。その後ボールペンが普及し、正式書類用として採用されるようになってからは、その簡便さに押され気味となり、需要も供給も減ってしまいました。いまでは、ガラスペンを作る職人さんも数えるほどです。

ガラスペンは日本生まれの筆記具です。1902年(明治35年)、風鈴職人だった佐々木定次郎が考案したガラス製のつけペンです。特徴はまず、そのペン先に刻まれた溝にあります。インクは毛細管現象によってこの溝にたっぷりと吸い上げられ、いざ書くときにはその溝をつたってゆっくりと流れていく。なんとも優雅なありようの筆記具なのです。もうひとつ、ガラスペンには素敵な特性があります。ペン先が軸の中心にあるため、どの角度で使っても同じような書き心地が得られ、使い慣れない人でも違和感なく筆記できるということです。

ほら、ちょっと使ってみたくなったでしょう?

硬質ガラスならではの透明感

さて、独特の手法で個性的なガラス工芸品を生み出している川西洋之さんのガラスペンが、ほかとちょっと違うのは、二酸化ケイ素にホウ酸を混合させた硼硅酸ガラス(Borosilicate glass)を酸素バーナーで加工して作られていることです。硼硅酸ガラスは硬質ガラス、耐熱ガラス、ボロシリケイトガラスなどとも呼ばれ、透明度、硬度が高く、耐熱性にすぐれ、軽量であるという特性を持っています。耐熱容器や実験器具などの理化学の世界で幅広く利用されているガラスです。一般的なガラス工芸品や食器、とんぼ玉に広く用いられているソーダガラスと比較すると、融点が非常に高くて1300℃くらい。そのため2000℃〜2500℃という高温の炎が出る卓上の酸素バーナーを使うことになります。通常のガラス細工よりさらに繊細な感覚と技術が必要です。

「それと集中力。ガラスと熱の組み合わせは、一瞬のタイミングで決まることが多いので。でも、いちばん必要なのは体力と忍耐力かな」
体力に忍耐……まるで体育会系のようなコメントです。
集中力を持続させるためには、体力が必要?
「それもあります。でも、じつは酸素バーナーを使っているために常に換気が必要で、空調を入れても工房の冬はやっぱり寒いし、夏は暑い。たまに、高温の炎にあぶられたガラス片が飛んできて火傷をすることも珍しくはありません」
そうまでして、なぜ硬質ガラスを?
「ちょっと、光にかざしてみてください。模様がすごくきれいに浮かび上がるでしょう。ガラスの透明度が高いからなんですよ」
確かに! 光を抱いて刻々と変化する模様は幻想的で、いつまで見ていても飽きることがありません。

川西さんはフューミングと呼ばれる着色技法を用いて細工をしています。無垢の硼硅酸ガラスに純金や純銀を吹きつけて閉じ込めることで発色させる技法です。日本で知られるようになってまだ10年ほどの新しい技法ですが、カナダでガラス細工に出会って以来、川西さんはこのフューミングの技法を追求し続けてきました。ガラス棒の先にちょこんとついている純金や純銀の粒を、針のように細くてシャープな炎で一気に気化させ、ガラスに吹きつけていきます。そのときの酸化の度合い、吹きつける瞬間の温度で発色に変化が生じます。じつに多種多様な色合いで「ほんとうに、これ全部、金と銀の組み合わせだけで生まれた色なのですか?」と何度も確かめたくなるほどです。

どんな色が生まれるのかは、経験と勘の世界。炎を道具に、金銀を操り、吹き広げた筒状のガラスの内部に一体化させていく。何度も、何度も、何度も、吹いては整え、吹いては整え、しだいにガラスペンの軸ができ上がっていきます。軸ができ上がったらお尻に色ガラスをくっつけて、先端には別に作っておいたペン先をつけ、冷めたところでペン先を切ってやすりをかけ、磨いて仕上げます。

珠玉の文房具を持つよろこび

美しい。けれど筆記具である以上、いちばんのキモはペン先にあるはず。そうです、このペン先にこそ職人技が隠れているのです。試行錯誤のすえに編み出された技法によって無垢のガラス棒に1本1本、丁寧に切り込みを入れて作られたペン先。なんと一度インクをつければ300〜400文字は書くことができますから、はがき1枚くらいなら筆記可能です。金属のつけペンよりうんとたくさん書けるのです。インクは溝にたまっていますから、軸を回転させながら使うと、よりスムーズに書くことができます。

「硬質ガラスは密度が高いので、そのぶん細字でもなめらかな書き心地を楽しんでいただけます。摩耗しにくいのも長所だと思います。でも、ガラスですから、落としたり、ぶつけたりすれば割れてしまいます。インク壷にペン先を浸すとき、底に当てないように気をつけてくださいね。でも万が一、ペン先が欠けてしまったら修理をしますので、ご安心ください」 と、川西さん。

インク壺におさまるくらいの大きさに切ったスポンジをそっと沈めておくと、カチッと当たらないから、おそるおそるインクを含ませる必要がなくなるかもしれません。使い終わったら、ペン先のインクを水で洗い流して柔らかい布かティッシュペーパーで水気を拭き取っておきましょう。お手入れはこれだけ。ガラスペンを手にすると、色インクを使う楽しみも増えます。

伝えたいことはたくさんあるけれど、なにはともあれガラスの中に浮かび上がる神秘的な世界を堪能してください。まるで眠っていた宝石をみつけたかのような発見があります。  それからいよいよインク壷にそっとペン先を沈めます。思ったよりすばやくインクが吸い上げられていきます。さあ、書いてみましょう。すべるようにインクが導かれていきます。書く、という行為を、満ち足りた贅沢な時間にしてくれる、日本生まれの筆記具です。

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