時計技師や時計職人が発明
小さな箱から流れ出るメロディにハッとし、シリンダーが一回転するわずか数秒の間になつかしい情景が浮かんでは消え、繰り返されるメロディにドラマが繰り広げられていく。心はときを刻むのを忘れ、そしてときに涙することも……橋本勇夫さんのオルゴールにはそんな発見があります。
「オルゴール」というロマンチックな名まえの由来は、オランダ語やドイツ語でオルガンを意味する「orgel」(オランダ語のオルヘル、ドイツ語のオルゲル)だそうです。オルゴールには、円筒型をした金属(ドラム)にピンを取りつけた「シリンダー・オルゴール」と、円盤状のものに穴をあけた「ディスク・オルゴール」とがありますが、音の出る原理はどちらも同じ。ピンが長さの違う櫛状の金属板を持ち上げてはじいて演奏をします。この音を出すための機械の部分を、一般にムーブメントと呼びます。
シリンダー・オルゴールを最初につくったのはスイスのジュネーブで時計職人をしていたアントワーヌ・ファーブルといわれています。18世紀の終わりごろのことです。それより少し前につくられた鳥のオルゴールもスイスの時計技師、ジェケー・ドローの発明。ぜんまいだの、バネだの、歯車だの、時計とオルゴールのムーブメントは似通っていて、だから時計技師や時計職人がオルゴールをつくっていたのでしょう。最初のころのオルゴールは、懐中時計や指輪に仕込まれた小さなものが一般的で、王侯貴族の間でもてはやされました。19世紀になると大型のディスク・オルゴールも生まれ、レストランやパブなどでレコード時代のデュークボックスのような役割を果たすようになります。日本では、第二次大戦後にシリンダー・オルゴールを宝石箱に入れて売り出し、これが日本のオルゴールのトレンドになりました。
オルゴールのための曲を
オルゴールの魅力はなんといってもその音色。倍音をたっぷりと含んだ、やわらかくてやさしい音色で、最近、癒しの環境音楽として駅や病院でも採り入れられています。
ただ、ドラムは短い時間しか回転しませんし、ピンの数だって決まっています。曲には起承転結もあって、曲のはじめからおしまいまでを聴いてこその味わいというものがあるとわかってはいても、オルゴールにしたときに使える音域には限界があるし、時間だって限られている。いわゆる名曲と呼ばれるものをオルゴール用にアレンジしても、それはオルゴール用に作曲したものではありませんから、どうしたっていくらかの音がでなかったり、少々音やリズムがずれたり、曲が短縮されたりしてしまいます。
でも、みんな「オルゴールはそんなもの」と思っていたから、不思議でもなんでもなかった。決まりごとが多すぎるオルゴールのための曲を書き下ろすなんて、誰もわざわざそんなことをしようとは思わなかった。
でも、橋本さんは違っていました。経営していた事業がうまくいかなくなって心身ともに疲れ切っていたある日、ふと立ち寄ったデパートのオルゴール売り場で流れてきたメロディ。たちまちその音色に魅せられて、曲が浮かんできたのだそうです。譜面に書き取ってギターで弾いてみると、橋本さんの耳にはオルゴールの音色で聞こえてくる。「このメロディを、どうしてもオルゴールにしたい!」その一心であちらこちらに問い合わせて巡り会ったのが、長野県にある精密機器メーカー。ムーブメント部分をそこに発注して、オリジナルのオルゴールをつくることができるようになりました。
オリジナルオルゴールにかける想い
橋本さんが「オルゴールにしたい」と思い描いた、最初の1曲。オルゴールメーカーの人に聴いてもらうと、驚くことに、その曲はオルゴールの決まりごとにぴったりとあてはまっているだけでなく、短いメロディのなかに音楽的エッセンスのすべてが盛り込まれている、と評価してもらえたのだそうです。
以来、数え切れないくらいのオルゴールのための曲を書いてきた橋本さん。ギターをつま弾き、インスピレーションが浮かぶと、あふれ出るように音符で五線譜が埋まっていきます。こうしてできあがった曲は、小形のタイプでは音が18個しか使えないとは思えないスケール。
「なぜか、シリンダー1回転分にぴったりと収まるメロディが浮かぶんです」と笑う橋本さん。
グリムのオルゴールは、ムーブメント(シリンダー)を外注する以外は、箱のデザインも、微妙な音の調整もすべてオリジナル。金属でできたムーブメントを包み込む木箱には深く優しく響く木材を吟味し、共鳴箱としての最適な大きさや厚みを研究し、入念な試作が繰り返されてできあがっています。箱の内側の絵や書も橋本さんが描いています。
どうぞ、そっとふたを開けてみてください。小さな箱からひろがる音は、あなたにどんな景色をみせてくれるのでしょう。