生きている人のためのお守りです。
数珠(じゅず)とは穴を開けた珠に糸束を通して輪にしたもので、その起源は古代インドにあるとされ、バラモン教で用いられたものが原型となっているというのが通説。それが仏教に取り入れられ、中国を経由して、飛鳥時代に仏教伝来とともに日本に伝わったとされています。梵名は「アクシャ・マーラー」。「アクシャ」とはものをまっすぐに貫くという意味で、「マーラー」というのはものを糸でつないで連ねたものを意味するとか。宗派によって長さや形が微妙に違い、使い方も首にかけたり、手にかけて音を立ててもんだり、珠(たま)を爪繰ったりといろいろです。
ということで、当然といえば当然なのですが、お数珠(というとお葬式とか法事のときに持っていくもの、と認識している人が多いようです。でも、今回ご紹介する片岡正二郎さんによると、「お数珠は葬式や法事のためだけの道具ではありません。単なる仏具ではなくて、持っている人を守ってくれるお守りなのですよ」と。だから念(おも)いをこめて、ひとつひとつ、珠(たま)をつくる。だからお数珠とは呼ばずに、「念(おも)い」の「珠(たま)」と書いて「お念珠(ねんじゅ)」と呼ぶのだそうです。
菩提樹の福は無量です。
数珠にしろ、念珠にしろ、珠の数は「数百八は煩悩即菩薩・生死即涅槃なり。珠とは我等が心性の珠なり。数とは我等が煩悩の数なり」ということで、本来、百八。この珠については『数珠功徳経』に、こんなことが書かれているそうです。
──真珠、珊瑚は百倍の福、ムクロジは千倍の福、蓮の実は万倍の福、水晶は千億倍の福、菩提樹は無量の福。
菩提樹って、確かお釈迦様が悟りをひらかれた木。
「そうですね。念珠の材料にもいろいろありますが、別名『延命樹』とも呼ばれる菩提樹はもっとも功徳のある珠とされています」
ただ、菩提樹と呼ばれる木には何種類もあって、その実を数珠珠(じゅずだま)にできないものもあるのだそうです。数珠珠になる星月菩提樹などの実を昔ながらの足踏みろくろで丹念に、ひと粒、ひと粒、削って、磨き上げ、穴をあけます。陰陽五行説に基づいた玉石を入れたり、干支にちなんだ玉石を組み合わせたり、守り本尊を刻印したりして、五色の理に従って編み込まれた中紐や房を使ってつなげます。気の抜けない真剣勝負の末、ようやくできあがるお念珠。完成された念珠は、こんなに美しいものか! と驚くほど美しい。
「お守りですから、肌身離さず身につけておいていただきたい。でないと、お守りの役目が果たせませんから。そのためには、美しくないとね。毎日、目にして気持ちがほっとするような、うれしくなるような、それくらいきれいなものにできるといいな、と思うんです」
自然からいただいた木や玉石。こうしてみると日本にはきれいな色がいっぱいあります。
念珠+ネックレス=ネンジュレス
珠のひとつひとつに御仏が宿り、持っている人を守ってくれるとされるお念珠。ほんとうはその持ち主のもの。持ち主だけのもの。
「ときおり、おじいさまやおばあさまのお数珠を形見としてもらう方がいらっしゃいますが、おじいさまのものは、おじいさまのためのお守りです。持っていた方の念が反映されていて、受け継いだ方のお守りにはなってはくれないのです。とても高価なものだからとか、故人が大事にしていたものだから、とおっしゃる方もいます。そのお気持ちはとてもよくわかります。けれどお念珠は一代限りのもの。この世を去るときには、持ち慣れたお念珠を持って旅立っていただきましょう、とお話します」と片岡さん。
月に一度、片岡さんは滝行をします。ご先祖様に報恩感謝して自分を白紙に戻すために。もう30年近くつづけている習慣です。
工房には、百年以上使い続けられてきた年代物の足踏みろくろがあります。日清戦争のころにはボタンをつくる職人さんだった片岡さんのおじいさんが、明治25年ごろはじめた念珠工房。
「それをお父が継いで、私が継ぎました。継いでくれと言われた記憶はないのですが、父のことが大好き
で、なにか役に立ちたいと思っていたら、家業を継ぐことになったわけです」
先祖から伝えられたものは、大切に守り続ける。しかし時代にマッチしたものをつくらなければ、伝統を守っていくことはできません。宗派によって定められた長さや、房の形や数、色の通りの、従来のものもつくりますが、そのほかにも創意工夫を重ねて、いろんな念珠をつくってきました。いつも身につけてもらうためにと、ブレスレットタイプのお念珠もつくりました。珠の数は百八の二分の一の五十四、もしくは四分の一の二十七になっています。でも、なかにはそれでもやっぱり百八なくちゃ、と思う方もいるかもしれないってことで、なんと小さな珠を薄く薄〜く削って、ちゃんと百八連ねたブレスレットタイプのお念珠もつくってしまいました。最近のヒット作は、女性に喜ばれるまるでネックレスみたいなきれいな念珠。「念珠+ネックレスで『ネンジュレス』って呼んでます」……なんて、なかなかの洒落。
災厄から実を守ってくれるお守りとして、生涯ともにできるお念珠。使われている木の実は最初はちょっと他人行儀な感じがするかもしれません。でも年月を経るにしたがって徐々に、少しずつ親しみが湧いてきます。色艶が出て、つるつるになってきたころには、もうすっかり、離れがたいものに感じるようになっているでしょう。