日本の職人を紹介しています

松井宏 江戸扇子

職人名
松井宏
屋号
扇子工房まつ井
技能
江戸扇子
在住
東京都江戸川区

江戸扇子職人。1947年、東京都江戸川区生まれ。1963年より本格的に扇子づくりをはじめ、のちに父・恒治郎の後継者として家業を継ぎ、現在に至る。1989年2001年に伝統工芸展教育委会賞受賞。2004年には江戸川区指定無形文化財(工芸技術・扇子)保持者に。2009年、江戸川区文化功績賞受賞。東京都伝統工芸技術保存連合会江戸川地区会員。

公式サイト
Photo Gallery
商品一覧

扇の歴史は日本から

古代エジプトの壁画にも登場する団扇が日本に伝来したのは7世紀ごろ。これを折りたたんで扇子にしたのは、日本人だといわれています。日本で最初に扇(扇子)が登場する文献は『続日本紀』。天平宝字6年(762年)の項に「特に功績のあった老人に杖と共に宮中で扇を持つことを許した」とされています。扇とはいっても、最初は檜の薄片を綴り合わせたもの。現存する最古のものは東寺仏像の檜扇で、元慶元年(877年)の年号があるそうです。紙でできた扇面に骨を通して、現在のような紙扇ができたのは鎌倉のころ。

「しづやしづ 賤(しづ)のをだまき繰り返し……」
歴史に登場するものでもっとも印象に残っているのは、静御前が判官義経を慕って頼朝の前で舞ったときに使った皆紅の扇でしょうか。それとも源氏の武将、那須与一が弓矢で要を射た旭日扇のほう?
日本舞踊の舞扇、結婚式の婚礼扇、日本間を彩る飾り扇、茶扇、講座扇、そして風を送り涼をとるために使われる扇子。扇子の用途はさまざまに広がって、日本情緒を感じたり、表現したりするのに欠かせないアイテムとなりました。

完成まで30工程以上

1本の扇子ができるプロセスを、ごくごくシンプルに説明すると──

(1)地貼り(扇面の紙は表、芯、裏の3枚合わせ。紙を裁ち、しめらせ、姫糊を薄くのばして貼り合わせる)。(2)平口開け(色染めし、絵を描いたあと、金べらで芯紙のまんなかに骨を通す入口をあける)。(3)折り(2枚の型紙で平地をはさんで折る。扇面の大きさ、長さ、折りの数によって違う折り型を使う。12年も使っている折り型もあるが、だめになってくると、型紙のための型紙で作り直す)。(4)中差し(しごいて、おちつかせて、余分なところを切り落としたら、差し竹で平口から骨を通す穴を開ける)。(5)接込み(折りを揃えて、たたいて、接込台の接込板にはさんで折り目を落ちつかせる。長いほどよいが、通常は3日〜4日)。(6)真切り(上下の余分な紙を切る)(7)吹き(骨を通す穴に向かって息を吹き穴を広げてトンネルをつくる)。(8)中付け(骨の先端を扇面の大きさに合わせて切り揃え、のりをつけて穴に1本ずつ差し込んでいく。(9)粗打ち(竹べらで骨の並びを揃え、拍子木でたたいて折り地と糊をおちつかせる)。(10)先摘み(剪定はさみで親骨を切り揃える)。(11)矯め(電熱器で親骨をあたためてやわらかくし、内側に曲げる)。(12)親付け(親骨を磨いて整え、のりづけする)。(13)天(上縁)に金粉などを塗り、仕上げる。

以上の工程に、頻繁に湿らせたり、乾かしたり、が加わって、じつに30以上の工程でようやく完成する扇子。紙は「あばれる」から、なだめるように湿らせて、乾かして……を繰り返すことになるのです。

工房にはのりを塗る刷毛だけでも幾種類も並んでいます。あらゆる道具に工夫のあとがみられ、使い込まれています。分業でつくられる「京扇子」と違い、ひとりでつくり上げる「江戸扇子」は手間暇がかかるだけに量産ができません。職人の数も作品数も限られています。でも、だからこそ、世界にひとつだけのものを手にする喜びがあります。

限られた扇面で広がる世界

左手の人差し指には折りダコ、右手のひらには骨のたこ。その手をみながら、松井さんは子どものころの話をしてくれました。

「親の手伝いで、大きな荷物かかえて、バスや電車を乗り継いでお使いにいかされた。いやでしかたがなかったなあ」と。
継げといわれたわけではなかったから、サラリーマンもやってみたし、二足の草鞋を履いていたこともあったそうです。迷った挙げ句、最後には職人に。
「でも天職だったのだ、と思って頑張っていると、道は拓けてくるものなのですね」

松井さんはいま、新しい伝統工芸製品を創る「えどがわ伝統工芸産学公プロジェクト」に参加し、多摩美術大学や女子美術大学、東京造形大学の学生さんたちとコラボレーションした作品も手がけています。
「扇子にはもっともっと可能性がある。その可能性を探究してみたくなったのです。安定を望んでこれまで通りにやっているだけではいけない。時代に合わせ、ニーズに応じて私たちも新しいことに挑戦しないと、いろいろな方に喜んでもらえる扇子はつくれませんから」。

自分だけの1本を持つ楽しみ

広げる。折りたたむ。そしてまた広げ、またたたむ。何度も何度も繰り返しても、もとの形にピタッとおさまる心地よさ。開く所作が美しく、たたんだ音が心地よい。これも、親骨の矯めがしっかりしていて、親骨で扇子を丸く包み込むように仕上げてあるからです。

そういう小さなひとつひとつの仕事が、まさに職人芸。
「微妙な力加減や判断がすべてで、ちょっとでも勘どころをはずすとよい扇子はつくれません。下地から完成まで、すべてをひとりでつくるわけですから、修行にも時間がかかります。10年くらいたって、やっとスタートライン。私もまだまだ修行中です」。

扇には天と地があります。「かんじん、かなめ」の要で束ねた骨を開くと、その形が「末広がり」に通じるとして、おめでたい席の引き出物にもされてきました。旧きよきものが「オシャレ」なものとして再認識されつつあります。コンパクトに持ち運べる利便性もあるのか、エコブームも手伝っているのか、ここ数年、男女問わず、年齢を問わず、扇子を持ち歩く人が増えています。

扇面は小さいけれど、その限られたスペースに、さまざまな世界が広がっています。長い歴史に培われた、あらん限りの工夫とアイディアが凝縮された扇子。心なごむ風を送る1本の扇子を、あなたも持ってみませんか。

作品例
  • 萩小紋/紺/男持ち
  • とんぼ/赤あずき/女持ち
  • 折鶴/ピンク/女持ち
  • 笹すずめ/白/男持ち
  • 桜小紋/白ピンクP/女持ち
WAZAMON
このページの先頭へ

© 2009 WAZAMON All Rights Reserved.