裂き織りは究極のリサイクル
大きく取られた窓の向こうには、晴れれば抜けるような青空が広がり、お天気が崩れると重なる雲が望める。風が吹けば裏の竹林がざわざわと鳴る。都会に残された自然のなかに、機織りの音が響きます。
工房の名前は「樹絲布(きしの)」。
「樹」という字にはまっすぐに伸びる、という意味もあります。「絲」には繊細、という意味もあるのだそうです。どちらも、自然が、糸が、布が大好きな小野博子さんが気に入っている漢字です。
裂き織りというのは、東北地方を中心に伝わる織りもの。使い古した綿布を細く糸状に裂き、それを緯(よこ)糸にして織ります。昔、寒冷な土地ではなかなか綿が育たなかったため、綿布はたいへん貴重なものでした。使い古した綿の着物は刺し子を施し、浴衣は裂き織りにしてボロボロになるまで大切に使ったものです。しかし、現在も裂き織りの技術が継承されているのは、青森県の十和田や八戸、岩手県の花巻、新潟県の佐渡、長野県の小谷くらいになってしまいました。
「捨てられる運命にあった布にもう一度、まったく新しい命を吹き込む裂き織りは、究極のリサイクルです。でも、それだけではありません。古い布にあったもとの模様が、まるで別の模様に生まれ変わる。そこに裂き織りの魅力があるのです」と、小野さん。
流通が発達し、豊かになった現代の裂き織りは昔とはいくぶん様変わりもし、さまざまに多様化してきてもいます。
小野さんの裂き織りも古くから織られている裂き織りとは、少し違っています。古い浴衣や風呂敷、布団側(ふとんがわ=綿布団を包む布)などを緯糸にするところは、昔のまま。経(たて)糸に綿糸を使うのも、昔のままです。ただし、細く裂く前に作品のイメージに合わせて古布を染めます。さらに、いっそう丈夫で繊細な仕上がりになるよう、裂いたあとに撚(よ)りを加えています。この二つの工程はオリジナルで、だからこそ、小野さんの独自の世界観が現れるのです。
いちばん楽しい織りの工程は……
さて、では小野さんの独自の裂き織りの工程を、ごくかいつまんでお話しいたしましょう。材料は、前述のように、使い古した浴衣や風呂敷、布団側など。そして綿の糸です。
【1】設計図を描きます。
仕上げるものの種類と大きさから、緯糸の種類と太さ、経糸の密度と本数、織りの長さを決めます。
タペストリーなどは原寸大の下図を作成します。
【2】緯糸の準備をします。
・2-(1)
使い古した布を洗い、天日に干して乾かします。
・2-(2)
乾いたら縫い目をすべてほどきます。
・2-(3)
ほどいた布はイメージに沿って染色をします。
まれにそのまま使うこともありますが、ほとんどの場合、布の一部分を染めるので、その準備をします。
染め残したい部分をラプフィルムで包んでビニールをぎゅうぎゅうと巻きつけます。
染料の調合をします。過去のデータをもとに、染めたい色に調合をします。
煮染めします。
1色染めるのに半日必要ですから、何色か染める場合は数日かけて染めていきます。
染め終わったらビニールをほどき、ラップフィルムをはずします。
・2-(4)
裂きます。
ハサミで切り込みを入れて手で裂いて糸状にします。
裂く幅は布の材質と厚みにもよりますが、1センチ2ミリほどです。
手で裂けない場合にはロータリーカッターで切ります。
・2-(5)
紡毛機を使って裂いた布に撚りをかけます。
撚りをかけることで、裂いた布は丈夫になり、織り上がりがなめらかになります。
・2-(6)
裂いた布は玉状に巻きます。
【3】経糸の準備をします。
・3-1
綿の糸を綛(かせ)のまま染めます。染める方法は緯糸に使う布のときと同じです。
・3-2
染めた糸を四角い木枠に巻きます。
・3-3
必要な本数の経糸を同じ長さに揃え、整えます。
・3-4
経糸を織り機に巻き取って張ります。糸を引っ張る役と糸を巻く役が必要。
小野さんは引っ張り役を漬物石にお願いしています。
【4】織ります。
「織りの工程は全工程のなかでもっとも楽しい。しかし最も短い」と小野さん。
【5】縫製をして仕上げます。
補強したい部分は芯を入れたり、二度縫いをしたり。使い心地よく、丈夫に仕上げます。
布と糸で独自の表現を
大学でデザインを学んでいたころのこと。「もしかしたら、グラフィックデザインを仕事にするのは、自分には向いていないかもしれない」と、感じ始めていたころ。小野さんは、とある作品展で裂き織りに出会います。経糸と緯糸がからむことで、まるで違う世界が現れていく。織りものは必然と偶然の掛け合わせでできているように思えました。衝撃的でした。「やってみたい!」という思いにかられ、友人が持っていた織り機を借りて織り始めます。
「おもしろいんです。大学の3年生のときだったのですが、これでなにか表現したいと思って、卒業制作にタペストリーを織りました」。
その作品が表彰されつつも、大学院卒業後は、いったん会社員になった小野さん。仕事をしながら制作活動をしたいと考えてはいたものの、なかなか制作の時間が確保できない。それならば、と4年間のお給料をせっせと貯めて、京都の川島テキスタイルスクールに入学しました。織りの基礎からじっくり学びなおすためでした。
「学びたいこと、会得したいことがはっきりしていると、それに沿って私だけのカリキュラムを組んでくれるありがたいところで、織りについての必要なことをみっちりと学ぶことができました」。
着尺1反を織り上げてスクールを終了。その年、友人の日本画家と福島県喜多方市で工房を開きました。
小野さんによると、
「会津にいるこの間に、布を裂く前に染めるようになりました。私の独自の方法なのですが、布を部分的に染めておくことで、イメージ通りの好みの色を出すことができます。欲しい色の布を織り上げるための準備にとても手間暇はかかりますが、その手間があるからこそ、ほかにはないものが仕上がっていくのだと思います。古い布をみながらどんなふうに作り上げていこう、って考えている時間は楽しいものですよ」。
古い浴衣や布団側もたくさんいただきました。それが箪笥や棚で出番を待っています。じつは、いただいたものの、どうやって使ったらよいのかわからないな、と思って、しまったままになっている布もたまにはあるのです。でも、いただいた布は柄も色もちゃんと覚えているから、ふとしたときにアイディアが浮かぶこともしばしば。自分で染めて、裂いて作るから、でき上がりの想像図がいったん描けたら、あとは自由自在なのです。
糸に撚りをかけるのも、小野さん独自のやりかた。裂いたままで織ると、裂き目のほつれが出てきて、仕上がりがちょっとぼそぼそした素朴な感じになります。でも撚りのひと手間で、そのほつれた感じはなくなります。そればかりでなく、光沢が出て、繊細で、上品で、しかも厚みが出てパリッと丈夫に仕上がるのです。
世界にひとつだけのバッグや小物
工房にあったバッグを手にとってみました。
「えっ!」と思うくらいに軽いのです。布で織ったバッグはしっかりしていて、それだけにそれなりの重さがあるもの、というイメージでいたのですが、拍子抜けするくらいに、軽いのです。
こんなにしっかりと丈夫にできているのに、なぜこんなに軽いのでしょう? と伺うと、
「大きく織ってから裁断してバッグに仕立てるのではなく、先にでき上がりの図面を作って、それに合わせて織っていくので縫い代の寸法がたいへん狭いのです。そのぶん、軽いのかもしれませんね」
と、小野さん。
深い青を基調にしたバッグのとなりに、朝焼けのような茜色のショルダー。橙色も群青も栗色も、それぞれに日本の風景を思わせるような色合いで、そのどれもが、たいそう愛らしいのです。それから、忘れてならないのが手触りの心地よさ。持っていて、触れていて、ほっとするような気持ちのよい質感です。
「晴れた日もあれば、雨の日もあります。汗もかくでしょう。使うことを、使い続けてもらうことを思い描いて、染料を選んだり、二度縫いをしたり、補強をしたり、湯通ししたり、スチームをしっかり当てたりして仕上げています」。
小野さんの作品は、バッグや小物が多いのですが、同じ布が一定量手に入ったとき、その布にインスピーレーションが湧くと、帯が織り上がることもあります。
「帯は、材料となる古布が、浴衣だと同じ柄で二反ぶん必要な大きな作品になりますし、時間もかかります。けれど織り上がったときの達成感は格別です」と。
とても軽くてやわらかいから締めやすくて、しっくりと締め心地よく、着崩れもしない。着物を着ているのがとても楽チンだと評判なのだそうです。しかも、なんと自宅で洗濯ができる。ファンが多いのもわかります。
世界にふたつとないものばかりだから、できるだけ長く使ってもらえるように、愛用の道具になってもらえるように、手間も暇も惜しみません。ひとつ、ひとつ、すべて小野さんの手で作り上げられています。