糸くず、ほこり、ペットの毛、煙草の灰…はい、まかせて!
高倉清勝岩手県九戸村の倉野地区。岩手県北部にあり、藩政時代には南部藩と呼ばれたこの地に、無農薬栽培のほうき草(ほうきもろこし)を使った「南部箒」があります。農閑期、南部の農家の人々はさまざまな生活道具を作って副業としてきました。その技術と経験に、独自の工夫を加えて完成させた高倉工芸の「南部箒」。モットーは「安心・安全」だそうです。だから使う人の健康と自然環境の保全を考えて無農薬栽培。独特のちぢれた毛先であらゆるゴミを掃き取る、ピカいちの箒です。
箒の穂先はまっすぐに整っていたほうがきれい──そんな概念をひっくり返してしまったこの「南部箒」のちぢれ。このちぢれが、畳やフローリングの床はもちろん、絨毯やカーペットにからみついた糸くずや髪の毛、ペットの毛、煙草の灰までもきれいに掃き出してくれます。
穂先のちぢれは、加工で作ったわけではありません。高倉工芸の畑で育ったほうき草は、どれも見事にちぢれて生長します。理由のひとつはもちろん、高倉工芸独自の栽培法。
「でも、それだけではないと思います。山背(やませ=初夏、オホーツク寒気団から吹いてくる冷たく湿った北東風。しばしば冷害の原因になる)の強い年はちぢれが強い。もしかすると山背のせいかもしれません。げんに、種子を分けてくれと頼まれて別のところで栽培したほうき草はちぢれなかったんです」
と、高倉工芸の高倉清勝さん。材料であるほうき草の栽培から、箒作りの一切合切をすべて手がける、こだわりの箒作り。その工程とは……
雪白水とともに始まる、ほうき草の栽培
作業風景雪の多い南部の冬。雪白水は、長い冬の終わりとともに、ほうき草の栽培の始まりを教えてくれます。まずは、先祖代々受け継いできた肥沃な大地の土おこし。栽培面積は3ヘクタールもあります。しっかりと土おこしを終え、前の年に収穫したほうき草の茎を堆肥に施したあと、1粒、1粒、種を蒔き、足で踏んで、土をかぶせていきます。
山背が吹くせいか、夏の訪れが遅いせいか、ここのほうき草は、ゆっくりゆっくり育ちます。穂先にたっぷりとちぢれを作りながら、のんびりと育っていきます。そして、お盆が過ぎるころ、ようやく収穫となるのです。3メートルほどに伸び、穂が色づいて頭をたれる前の青々とした状態のときに手作業で刈り取っていきます。すべてを収穫するのにひと月半。昭和30年代から使っている年代物の脱穀機で脱穀し、草締めして折れにくくするために、そして色よく仕上げるために、大釜に大量の湯を沸かして湯通しをします。湯通しが終わったら天日干し。そのあとは屋内の乾燥場で風にさらして乾燥させます。これでようやく材料の準備ができました。
人の目と手で、丹精込めて
乾燥させたほうき草は、穂先の太さ、長さ、微妙なちぢれ具合いによって選別されます。高倉さん親子をはじめ、何人かのベテランの職人さんたちの目と手で、じっくり1ヵ月半以上かけて15段階にわけられていくのです。まもなく山は紅葉に染まり、そして冬へと向かいます。
よいよ、箒作りの季節です。選別したほうき草の穂先を束ね、編んで1本の箒にしていく作業は力仕事。絹糸を使って模様を編み込み、完成させていきます。長柄箒、片手箒、巴箒、そして和洋服はけ、パソコンのキーボードなどに便利なミニ箒など、アイテムは60種類以上。なかには3年以上かかって仕上げる最高級品もあります。
掃除機はあるけど箒はない、という家庭は多いけれど、お客様からは「この箒は掃除機があっても、大活躍してくれる。それくらいよく掃けます」という声がたくさん寄せられています。和洋服用のハケがまた逸品だそうです。だって「正絹の着物も、ビロードも、カシミアも、生地を傷めることなくきれいにほこりが取れる。つやまでよみがえらせてくれるんですから」だなんて! 試してみたくなりませんか?
間違えた使い方をしなければ、耐久性は太鼓判
箒には使い方にコツがあります。(1)片方かららばかり掃くとクセができるので、できるだけ両方向に使う (2)穂先が曲がるほど強く押さえつけない (3)箒でものを叩かない(布団もね) (4)汚れたら中性洗剤を溶かした水かぬるま湯で洗い、2~3分すすいで陰干しする (5)もろくなってきたら、海水程度の塩水に半日浸して陰干しする。
昔は、みんなおばあちゃんやおかあさんに言われていたこと。それを守るだけで、何十年も使い続けることができるのです。ていねいなつくりの昔ながらの道具。そのすぐれた機能は、時代をこえた生活文化のひとつです。