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青山昭次 手植えブラシ

職人名
青山昭次
屋号
青山工房
技能
手植えブラシ
在住
埼玉県日高市

1945-2016年。ブラシ職人。大学および大学院を卒業後、5年間に13回の転職をする。さまざまな職業を経験したのち、職人の道に。1974年、刷毛職人の平野道孝氏に師事、1988年に刷毛の尾張屋四代目を継承する。1990年にブラシの全行程を一貫製作する青山工房を設立。素材選びから仕上げまで、どこにも妥協を許さない、まさにこだわりのブラシを作り続ける。2016年逝去。

ブラシとハケは違います。

ブラシは漢字で書くと「刷子」。板に穴をあけて、その穴に獣毛を植え込んだものをいいます。毛は糸や針金などで二つ折りにして穴に植え込みます。こうすると毛の根もとの部分が上になり、ある程度のかたさがでます。だから、ブラシはほこりを払ったり、汚れを洗い落としたりするための道具として使われることが多いのです。
これに対してハケ(刷毛と書きます)は、毛先を平らに揃えて2枚の板ではさんで糸などで結わえて固定したもの。毛先がやわらかいので、おもに塗ったり、はいたりするときに使います。ちなみに、桶やまな板をゴシゴシこすり洗いするようなときに使うタワシ(束子)は、かたい植物の繊維などを一列に並べて中央を上下から2本の針金などでねじり込むように丸めて作ります。
用途が違えば、作り方も材質も違うのですね。
さて、今回ご紹介するのは、このうちのブラシを作っている青山昭次さん。「ブラシを作ることが楽しくてしょうがない」と語り、「好きだから四六時中ブラシのことばかり考えている」という職人さんです。

楽しく仕事をしなければいいものはできません。

工房におじゃまして、ドアを開けた瞬間、芳しい木の香りが漂ってきました。ところ狭しと置かれた道具、そして板や原毛。
「道具や材料を探すのがいちばんの苦労ですよ」と青山さん。
道具も原料も、作り方さえとってもシンプル。だからこそ納得できないものは使いたくない。2段階の穴をあけるためにドリルを何台も揃え、毛を整えるための金櫛をあちこち探しまわる。木地となる檜(ひのき)や桂(かつら)、朴の木(ほおのき)も自分の足と目を使って選びにいく。もちろんブラシのいのちである原毛は、なにがなんでも質がよくなければ許せない。「もう必死で、文字通り日本じゅう探しまわった」のだそうです。そうやってやっと探しあてた上質の原毛も、そのまま納品してもらうわけにはいかない。なぜなら、獣毛はそのままではにおいもするし、へたりがはやいから。脱脂してから納めてもらいたい。脱脂の方法も茹でるのではダメで、洗浄して蒸してもらわなくちゃいけない。そんなことを頼む人はいないから、頼まれるほうだってびっくりします。「そこをなんとか!」と頭を下げて頼み込んで、ようやっと納得する原毛を仕入れられるようになります。でも、仕入れ値は一般のものの5倍ちかくに跳ね上がってしまうのです。でもなぜ、そこまでして?
「だって、イヤだなこの毛、気に入らないなこの板、使いにくいなこの道具、なんて思っていたら、仕事が楽しくないでしょ。楽しくなければ、いいものはできないからね」

全行程手作りだからこそ、アイディア商品も誕生する。

大きい楕円形の木地は、上質なカシミア素材の服のほこりを払うのにも使われる洋服ブラシ。持ち手がついた杓文字みたいな形のはきっとボディブラシだ。ん、この小さいのは?

「それはね、かかと用ブラシで、こっちが足を洗う快足ブラシ。で、これが靴ブラシで、こっちはハット(帽子)ブラシ、そしてテーブルブラシに洗濯ブラシ……」
いやはや、さまざまな形のブラシがあるものです。すべての工程を自分で作るからこそのアイテム数。アイディアが浮かぶと、やってみないことにはおさまらないし、なんとか工夫して形にして改良しているうちに、とってもすてきな人気商品に育っていきます。
ただ、青山さんのように、全行程を手作りしている人は、ごくごく稀。一部商品のみ手植えで、たいていの品は機械植え、というところも増えてきました。木地だってブラシの形に機械で削ったものを仕入れるほうが手間もお金もかからない。それでも、青山さんは自分で作ることにこだわり続けています。そして、その姿を見て育ったご長男がいま、青山さんの隣でブラシを作っているのです。「やっていることは単純なのに、ちっとも簡単じゃない。だから、やってみる」と ──。

手で作るから手になじむ。そんな簡単なことに感動するブラシ。

さて、いよいよブラシを作っていただきます。板を切り、削ったり、磨いたりしてつくった木地は内外2枚に切ってあります。毛を植えるほうの板に、ドリルを2段階に使って穴をあけます。それから板を万力で固定して、穴に毛を植えていきます。
細い針金を輪にして穴に通す→反対の毛束をつまんで揃える→針金の輪に毛を通す→針金を引っ張ってちょうど半分の長さのところで穴に引きずり込むように折りたたむ、という一連の動作が流れるように繰り返されていきます。一見、簡単そう。けれど毛束をとって揃えるだけでもなかなか難儀。毛束が太すぎれば穴に入らない。けれどスカスカじゃ困る。ギシッとめいっぱい、きっちりおさまる量をしっかり固定しなければならない。これ、けっこう力も必要。で、青山さんがサッと瞬時に左手にとる毛束、毎回ほぼ120本。

「誤差があっても2~3本くらいでしょうか」って! これぞ職人技。
植毛したら、ペアになっている外側の木地を小さい釘を打って貼り合わせます。毛を金櫛でとかして揃えます。毛先を鋏(この鋏だって、もちろん特注品!)で切りそろえます。
「気持のいい音がするでしょう。仕事が楽しくなる音なんですよ」
と青山さん。手刈りした毛先は絶妙の角度と曲線を描いています。こうして完成したブラシ。手にした瞬間、ふっとおさまって手指になじみます。そして使い続けるうちにどんどん愛着がわいて、手放せなくなってくるのです。もちろん耐久力も抜群。たとえば洋服ブラシだと、50~100年も使えるそうですよ。
作り手が丹精込めて、楽しく作った道具ですから、使い手も使っていると知らず知らず笑顔になっていく。手仕事の心地よさを肌で感じることのできるブラシです。

※青山昭次さんは、2016年にご逝去なさいました。一本のブラシを作るのにかける情熱と探究心は、今でも忘れることができません。青山さんの仕事の基点にあったのは「使いやすいものを作るために、当たり前のことをする」こと。現在は、その技と精神をご子息である青山大輔さんが受け継いで、青山工房の後継者として活躍中です。ご冥福を心よりお祈りいたします。

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