徳利も、お酒も「すず」と呼んだ時代が
金、銀、銅、鉄、鉛、水銀とともに「古代七金属」に数えられる錫(すず)の歴史は古く、現存する世界最古の錫製品は古代エジプトの遺跡から出土した『巡礼者の壺』といわれています。日本に錫製品の製法技術が伝わったのは1200〜1300年前。お茶やお酒の器として用いられることが多く、古くは御神酒徳利じたいを「すず」と呼ぶことがあったといわれ、宮中では今もお酒を「おすず」ということがあるそうです。
錆びない、朽ちない金属なので縁起がよいとされ、繁栄を願う贈答品としても人気の高かった錫製品。錫の採掘が始まったのは飛鳥時代ともいわれ、長く日本各地で採掘されていましたが、昭和40年代を最後に、国内での採掘はなくなりました。それとともに錫師も減る一方。今では全国で20人いるかいないか、といわれています。
錫器に入れる。それだけで、ひと味違う
鋳型に鋳込んだ錫を轆轤(ろくろ)にかけ、鉋(かんな)で削って成形していく伝統的な錫製品の製法は、日本に伝わったころとあまりかわっていません。錫は融点が低くて摂氏232度で溶け始めます。錫の地金を鍋で溶かし(金属は溶けると湯と呼ばれます)、湯になったところで鉄の柄杓ですくって型に流し込みます。固まったら型からはずし、轆轤にかけて削ります。表面をなめらかに整え、松脂が主成分のニスで模様を描いたり、槌で表面を叩いて模様をつけたり、本漆に顔料を練り込んだものを塗って磨いたりして仕上げます。
こうして作られた錫製品は、熱伝導がよく、保温性、保冷性にも優れているので、茶器や酒器に最適。お茶もお酒も、口当たりがなめらかになり、不思議なくらいまろやかな風味になるのです。
たまに、錫は体によくない金属なのでは? と危惧する方がいますが、大丈夫! 体に悪いのはトリブチルスズとかトリフェニルスズといった化学物質(有機スズ)のほうです。それどころか錫は分子が粗くて不純物を吸収する性質があるため、中国の医学(本草学)書『本草綱目』には、井戸の底に錫板を沈めて水を浄化したとも書いてあります。乾物や衣類の保存に使われる茶箱の内側に貼られているのも錫です。
次の百点を目指して
子どものころ、毎日学校から父親が勤務する工房へ帰って、モータの音や漆のにおいのなかで遊んでいた中村さん。
「体の使い方、鉋の持って行き方、仕上がりぐあいとスピード。見本はすべて並んで轆轤を回していた先代から受け継いだものです。勘も経験も、集中力も思い切りも大事だけど、道具の手入れを怠らない真面目さも必要なんです」。
錫光の壁には、「次百(つくも)」と書かれた色紙がかけられています。手早く精巧、それが腕の良い職人の証。現状に満足せず、次の百点を目指して精進するという意味で、先代の座右の銘だそうです。常に平常心で、甘えず、妥協せず。伝統の技法を守る一方で、新しい試みとして若手デザイナーと組んだ「江戸意匠」ブランドも好評を博しています。
使い込んで……使い込んでこそ
錫のよさは、使ってみるとよくわかる、といわれます。昔の人は、錫の茶器や酒器を、両手でいつくしみつつ、自分のものに「育てた」のだそうです。たとえば、ちろり。金属でありながら、ほどよい重さのなかにやわらかさも感じられます。たとえば茶筒。驚くほど精巧に作られているため、蓋をのせると一瞬浮き上がって、ゆっくり、ゆっくり、沈むようにしまっていきます。
錫は錆びないのでお手入れは簡単。柔らかい布で水洗いし、乾いた布で拭くだけ。汚れが目立つときは水で溶いた、練状歯磨き粉や重曹をつけ、擦るように拭き取っていただければきれいになります。金タワシやクレンザーは使わないでください。
使い込むほどに、上品であたたかい光沢が宿ってくるのが錫を使う醍醐味のひとつ。中村さんは「夕暮れの光線に輝く錫の、なんともいえない色がいちばん好き」なのだそうですよ。